Story #4

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幼い頃、私が遊園地のなかでいちばん好きだったのは、観覧車でもメリーゴーランドでもなく、ゴーカートだった。

かたいシートに飛び乗り、硬貨を落とし、ハンドルを握ってアクセルを踏みこむ。いつも前を走る兄の背中を夢中になって追いかけた。

はじめて自動車教習所のコースに出たとき、私はふとそのときの感覚を思い出した。教習所のコースはスケールのおかしな小さな町みたいで、それが遊園地の記憶を思い起こさせたのかもしれない。おそるおそる教習車のアクセルを踏みこんで私が感じたのは、怖さよりも、あ、これこれ、という懐かしさだった。

 

二週間前にはじまった私の教習所通いは、いまのところ順調にカリキュラムを消化している。今日はS字とクランクを終えた。

「女のひとはだいたいS字が苦手なんだけどな」

どちらも一発でうまくできたのが珍しかったのか、強面の教官が頬をゆるめた。子どものときゴーカートの運転が得意だった話をすると、教官は、俺もそうだったと頷いて、「S字が上手い女と野球の話ができる女はいい女だよ」とよくわからないことを言い、それが若干セクハラっぽいことに自分で気づいたのか、慌てて「でも自分の技術を過信しちゃいけない」と真面目な顔で付け加えた。

「わかってます。気をつけます」

教習車を所定の位置で降りて建物に戻り、教習原簿を受付に返しておもてに出ると、五月の青空はもう夏のそれに近い。風がぬるくて気持ちよく、あくびが出る。

 

私は今年の三月に東京の大学を卒業し、実家のある新潟に戻ってきた。親戚のつてをたどって四月に就職し、そしてゴールデンウィークからこの教習所に通いはじめた。

そのわずか二ヶ月のあいだに、実家のなかではいろいろなことが立て続けに起こった。

まず、私と入れ替わるようにして兄が家を出た。兄はこの春に結婚式を挙げることになっていて、入籍を前にお嫁さんと一緒に新しい家で暮らしはじめた。それから、祖母も家を出た。申し込んでいた老人ホームの部屋に空きが出たので、急遽入居することになったのだ。

そして、ただでさえ仕事が忙しい時期だというのに、私を含め家族三組もの引越に振り回された父が、ちょうど桜が満開のとき、仕事の現場で倒れて入院した。軽い脳梗塞で、最初は意識が朦朧としていてやばいかも、という話だったが幸い命に別状はなかった。

この春、とにかく我が家は大変だった。

毎日の家事、パートタイムの仕事、父の看病、さらに祖母の様子を見に行ったり兄の心配をしたりと、主婦ひとりではとても手が回らず、案の定、母がキレた。

「あんたも少しは手伝いなさい! だいたい、なんで免許持ってないのよ! なんで大学生のうちにとっとかないの!」

ということで、私が自動車教習所に通うことになったのだ。母からは、車を運転できない者はこの町で生活する資格などない、とまで言われた。

はじめてコースに出るまでは怖かった。それまで私は、運転免許なんか一生取らない! と決めていたので、本当は通いたくなかったのだけれど、しかたない。実家に世話になっている以上、私は私にできることを何でもしなくちゃいけない。

 

私が勤めているのは、東京に本社がある企業のカスタマーサービスセンターというところで、私はそこでテレオペの仕事をしている。駅南の商業ビルのワンフロアが職場で、ほとんどのスタッフが派遣社員や契約社員のなか、私は特別に親戚の口利きで正社員として雇ってもらった。

でも仕事の内容は非正規の人たちとほぼ同じで、残業もなく、夜の七時には家に帰れる。ときどき駅に隣接した大型書店に寄るくらいで、あとはどこかで道草を食うこともない。

ゴールデンウィークに入る前の週末に、一度だけ、朝帰りをした。

職場にいる寺尾さんという年上の男から飲みに誘われたのだ。

寺尾さんは二八歳の派遣社員で、席が斜め後ろで近いということもあり、入社してからなにかと私のことを気にかけて話しかけてきてくれて、私も仕事でわからないことをよく相談したりしていた。

「寺尾さんは、やっぱり寺尾に住んでるんですか?」

「いや、俺んち、沼垂」

「あ、じゃあわりと職場近いんですね」

「うん、チャリで通ってるよ。乃木さんは?」

「私は西区なんで越後線で通勤です。実家です」

「やっぱり寺尾?」

「いえ、新大前です」

「近いじゃん。あ、そういや新潟駅のホーム、変わったよね」

「変わりましたね。高架になって。スタバもできて」

和食居酒屋でビールをちびちび飲みながらそんな話をしているうちに、寺尾さんもまた三年前に東京から新潟に帰ってきた出戻り組だとわかって、私たちはなんだか意気投合、みたいな感じになった。

「なんかさー、新潟帰ったらもっとのんびりした感じかなと思ったけど、こっちの方がなんか窮屈でせかせかしてたりするよな」

「わかります。しかもコミュニティがもう完全にできあがってて、すごい閉鎖的だし」

「だよな。時給も安いし、贅沢もできない。てか、なんか買い物したくても買い物したい店が少なすぎるよな」

「わかりますわかります。私、自分の買い物ほとんどネットですもん。てか古町、やばくないですか? ラフォーレなくなって」

「俺はウィズビルが駐車場になってたときショックだった」

面白いことに地元の悪口はいくらでも出てきて、話が尽きなかった。日本酒を何本か空けて一軒目を出て、それからアイリッシュパブみたいな店でウイスキーをがぶがぶ飲んだ。

 

「そろそろ終電じゃないの?」

そう言われて検索したら、なんと発車まであと一分だった。

「あーもうあきらめます、私」

「新潟、終電も早過ぎだよな!」

私たちはほがらかに酔っ払っていた。そして私はさびしかった。

「タクシー代もったいなかったら、始発までウチ来てる? ボロいアパートだけど」と寺尾さんに誘われ、私は、はあ、と生返事をしながら、でもちゃっかりついていった。そしてその時点で予想したとおりに、私は寺尾さんに抱かれた。

男の人と寝るのは久しぶりだった。人肌のあたたかさとか筋肉の硬さ、すね毛の感触とかが、やけに新鮮だった。

「あのさ、もしよかったらだけど、俺ら付き合わない?」

翌朝、駅までの道を一緒に歩いていたら、いきなり寺尾さんに告白された。明石通りの、大きな郵便局の前の信号で。真剣な声で。

「いきなりですね」

「でも真面目だよ、俺」

「それ、ちょっと考えてからでいいですか」

私はそう答えて、とりあえず返事を保留にした。即座に断っては悪い気がしたから。

 

かつて、私には恋人がいた。

大学二年のときにバイト先で出会って付き合いはじめた。村上、という名字からとって、彼はバイト仲間からハルキと呼ばれていた。本当の下の名前は全然違うのだけれど、呼びやすいので私もハルキと呼んでいた。同い年だった。

別々の大学に通っていたけれど住んでいる町が一緒で、しょっちゅうお互いの部屋を行き来した。私たちはまだ若かったし、私にとっては、生まれてはじめてできた彼氏だった。

付き合ったのはたったの一年。人に言わせれば、二十歳やそこらの恋、だったかもしれない。でも、私は本気だったし、全身全霊、彼のことが好きだった。結婚したいと思っていた。

 

ハルキとの別れは、突然に訪れた。

大学三年の夏休み、ハルキは実家のある栃木県まで、二週間の合宿で運転免許を取りに帰った。本当は私も一緒に行くはずだったのだけれど、最悪なタイミングで水ぼうそうにかかってしまい、仕方なく私だけ予約をキャンセルして、部屋でおとなしく過ごしていた。

ハルキは免許が取れるまで東京に戻ってこないので、その二週間、私は体調の悪さはもちろんだが、それよりもさびしさで死にそうだった。地元の女友達や同じ合宿の女の子たちとのあいだでハルキに何かが起こらないか、そればかり心配して毎日何度もメールを送りつけた。毎晩電話をかけて様子をうかがった。

「ハルキ、いま何してる?」

「いま中学んときの友達と外にいる。すげー星きれいだよ、田舎」

「早く帰って勉強しなよ」

「するよ。でもこの星はなー。ゆっこにも見せたいな」

免許を取ったら、レンタカーでドライブに行こう。温泉とか、高原とか、富士急ハイランドとか。私たちはそんな約束をした。ハルキの田舎にも、いつか必ず遊びに行く。一緒に星を見る。

「怖がらせないように、ちゃんと実家の車で練習しとくから」

最後の電話で、ハルキはそう言った。試験に無事に合格して、交付されたばかりの免許証の写メを送ってくれた日のことだ。

「そんなのいいから、早く帰ってきてよ。会いたいよ」

「水ぼうそうは?」

「もうとっくに完治したよ」

「でも明日は友達と遊ぶ約束したからなあ。明後日帰るよ」

「わかった、待ってる」

 

翌日、ハルキは東北自動車道で交通事故に巻き込まれ、死んだ。

玉突き事故のいちばん後ろの車を運転していたのがハルキだった。ブレーキが間に合わず、時速百二十キロで前の車に追突した。運転席のハルキは即死だった。助手席に乗っていたハルキの友達は、奇跡的にかすり傷だけで済んだのに。

知らない番号からかかってきたあの電話を、今もよく覚えている。ハルキの姉を名乗る女の人の、消え入りそうなほどのか細い声。事故、という言葉を聞く前から、悪い予感で私の腕には鳥肌が立っていた。

「村上陽介は亡くなりました」

それはハルキではない、別人でよかった、と私は一瞬だけ思った。思い込んだ。でもそれは彼の本名なのだった。

事故の日から、私は、私という人間がほとんど動きを止めてしまったような感覚で生きている。時間だけが勝手に流れて、私の身体だけ取り残されていくような自分の身体に血が流れていないような。ブリキかなんかでできているような。ハルキがいなくなって、なにもかもが空虚になった。大学も、バイトも、就活も将来も。

大学を卒業して新潟に帰ってきたのは、帰った、というよりも、逃げこんだ、という方が正しい。東京にいたら、いつまでもハルキの帰りを待ってしまいそうだった。実際に、大学三年の夏からの一年半、私はずっとハルキの帰りを待っていた。まだ免許が取れずに栃木の実家にいる。そんなふうに思い込んだりもした。

 

寺尾さんとは、ゴールデンウィークが明けてからも、毎日職場で顔を合わせている。そろそろ、返事をしたほうがいいと思う。でも会社でするわけにもいかず、かといって呼び出したところで断りの返事しか用意していないので躊躇してしまい、どうもよいタイミングが見つからない。

そうこうしているうちに、告白されて一ヶ月という頃合いで、寺尾さんからまた飲みに誘われた。

駅前で一緒に焼き鳥を食べた。普通に仕事の話や同僚の話をしていたけれど、寺尾さんは終始、返事を待っている、という感じだったので、ひととおり食べて飲んでから、私は、こないだの話ですけど、とおずおず切り出し、ごめんなさい、と頭を下げた。

「そっか。乃木さん、他に好きな人がいるの?」

「いえ、今はいないです」

「でもダメか」

「ごめんなさい」

「わかった。考えてくれてありがと」

そう言っておとなしく引き下がるかにみえた寺尾さんだったが、案外しつこい性格のようで、それからも私はときどき誘われた。お酒だったり、映画だったり、焼肉だったり、なぜかバッティングセンターだったり。休日の昼間は私が教習所に通っているので、だいたいが夜だった。仕事帰りのときもあった。私はといえば、誘われれば毎回、「いいですけど」とついて行った。お付き合いをするつもりがないだけで、別に寺尾さんのことが嫌いなわけじゃなかった。職場ではいつも親切だし、やさしい。年上だけど、笑顔がかわいい。最初に抱かれたときも、嫌な気持ちはしなかった。

 

六月に入ってからそんなふうにして五回会って、そのうち三回、寺尾さんの部屋で寝た。身体は自然と馴染んでいた。終わったあと狭いベッドに並んで天井を見上げ、私はなんとなく、毎回、教習所の進み具合を寺尾さんに報告した。仮免試験のとき。路上教習がはじまったとき。そして、最も怖れていた高速教習。

「俺、はじめて高速乗ったとき、教官が思いきりアクセル踏んでいいって言うから、グッと踏み込んだら、すっげえ怖かったけどすっげえ気持ちよかったの覚えてるな」

「うん」

「追い越ししたとき、なんかこう、大人の階段上がったみたいな気がした。乃木さんが免許とったらさ、俺の車で練習していいよ。一緒にドライブしようよ」

「うん」

はじめて運転した高速道路は、なんてことなかった。ハンドルをちょっと動かすだけで車体が大きくふらつくのは怖かったけれど、スピードへの恐れは想像していたほどじゃなかった。教官は、S字のときと同じ教官で、今回もやっぱり私の運転を見込みがあると褒めてくれた。拍子抜けもいいところだった。

その前の晩、私は変な想像ばかりしていた。高速道路でスピードを出しすぎて、前の車に追突して、窓ガラスを割って外に放り出され、道路に頭を打ちつけて死んじゃう私。そうしたら、私はハルキのところに行けるのだろうか。そうしたら、ハルキにまた会えるかもしれない。

私はその日の昼間に体験した高速教習を思い出しながら、寺尾さんの腕のなかでハルキのことをずっと考えていた。

ハルキはどうして事故を避けられなかったのだろう。ハルキは単純に、運転が下手だったのかもしれない。だけど私と一緒にドライブしようと約束した手前、どうしてもいいところを見せたくて、あの日、わざわざ友達を誘って実家の車で練習したのかもしれない。ドライブなんか一生しなくていいから、ペーパードライバーでもいいから、ピカピカの免許証を持ってすぐ東京に戻ってくればよかったのに。

「どうした?」

気づくと私の目からこぼれた涙が、寺尾さんの腕を濡らしていた。私は寺尾さんの身体に抱きついた。そして、ハルキのことを話した。私にはハルキという恋人がいるのだということを。

「そんなわけで、私は永遠に元彼が忘れられないと思います。一生、好きでい続けると思うんで」

そう言うと、寺尾さんはふうと大きな息をついて、しばらく静かに何か考えてから、私を諭すように言った。

「好きとか、そういうのってそんなに大事? どうでもよくない?」

「え」

「そんなこと考えてたら、乃木さんは永遠に幸せになれないよ」

私はなんだか腹が立った。ハルキを軽んじられたみたいで。

「幸せって、なんですか」

押しのけるように寺尾さんの身体から離れ、起き上がって下着をつけて服を着た。部屋を出るとき、寺尾さんはまだベッドの中にいた。寺尾さんは寺尾さんで、私に少し腹を立てているみたいだった。

 

卒業検定を無事に終え、運転免許センターで免許証が交付されたのは六月の最後の金曜日だった。その日は有給休暇をとって試験に臨んだ。

運転免許であっても、いわゆる資格と呼ばれるものを手に入れたのは人生で初めてだったので、私はそのことが単純に嬉しかった。

翌日、さっそく母の軽自動車を運転してみた。目的地は、祖母の暮らす老人ホームだった。助手席に母を乗せて、後ろの席には、祖母の好きなお菓子とか夏用のパジャマとかを積んで。

「おばあちゃん、今日は私が運転してきたんだよ。すごいでしょ」

得意になって免許証を見せると、祖母は嬉しそうに手を叩いて、すごいねえ、すごいねえ、と喜んでくれた。

祖母が老人ホームに入ることになったのは、痴呆がだいぶ進んできたからだ。調子のよいときと悪いときの落差が激しい、いわゆるまだらぼけという症状がずっと続いていて、そのままでは不安だからと、祖母自身の希望で申し込んだ。

その日の祖母は、調子がよい方だった。

「ゆっこちゃん、髪がだいぶあれらねえ」

お洒落の好きだった祖母は昔から、私が美容院に行くと、そのことを誰よりも早く気づいてくれる人だった。私の髪を触って、あんたの髪は昔っから硬くて真っ直ぐらねえ、そろそろ切ったらいいわ、と言った。

「最近、美容院全然行ってないから」

「二年くらいずっと変わんねっけね、あんたの髪型」

ハルキが死んでから、私は髪型のことなんてまったく考えなくなった。美容院に行っても前と同じ感じで切りそろえてもらうだけ。私が髪型を変えて新しい私になったら、もしハルキが帰ってきたとき、ハルキが私に気づかないんじゃないか。そんなばかげた強迫観念に、私は今もとらわれている。

「ああ、誰かに似てると思ったら、ゆっこちゃん、あんた、春子さんにそっくりらて」

祖母は突然、思いついたようにたくさんしゃべり出した。母によると、その人はずいぶん昔に亡くなった女学校時代の友達で、今の私は祖母の記憶のなかの彼女に似ているという。

「春子さんもかわいい子らったんよ。でも旦那さんがはように亡くなってねえ、かわいそうらったんて」

三十分くらいずっと春子さんの話を聞いて、祖母の食事がはじまるのを待ってから、私と母は老人ホームをあとにした。帰りは西日がまぶしく、ちょっと疲れていたので、車の運転は母に任せて、私は助手席でうとうとした。家に着くまでのわずかな時間に、短い夢を見た。夢のなかに、春子さんが出てきた。顔も姿形もよくわからない人だけど、確かに出てきた。不思議なことに、夢のなかの彼女の亡くなった旦那さんは、ハルキなのだった。

 

七月に入って、父が二度目の脳梗塞を起こし、手術をした。

病院からの帰り、私の運転する車にはじめて乗った父は最初おっかなびっくりだったけれど、「いきなり病院に逆戻りなんてことだけは勘弁してくれよ」と冗談を飛ばせるくらい、普通な感じに戻っていて、とりあえずよかった。

そして先週の日曜日、兄の結婚式があった。

あいにくその日は祖母の調子が悪く、祖母は挙式だけ参加して披露宴にはいなかったけれど、式のあと、いちおう家族全員が無事に揃って記念撮影ができたことを、みんなで喜んだ。

「今年の春はいろいろ大変だったわ。ほんとみんな、勝手に家に帰ってくるわ、家を出るわ、倒れるわ。もうしっちゃかめっちゃか」

母はストレス発散の場と勘違いしたのか披露宴でビールを飲み過ぎてすっかり酔っ払ってしまい、新郎の母親のくせに新婦の手紙で感極まって号泣していた。
式が終わったとき、私はなんだか清々しい気持ちになっていた。

東京で就職せず、この家に帰ってきてよかったと思った。我が家はいろいろあった。でもそのいろいろに巻き込まれて、どさくさまぎれに運転免許を取れて、よかった。

ふと、私は寺尾さんに会いたくなった。謝りたくなった。あんなふうに、部屋を出てきたことを。あれから職場で配置換えがあって席が離れ、寺尾さんとは最近、職場でも事務的な用件以外ではほとんど言葉を交わしていなかった。

はじめて私からメールをして、寺尾さんを誘ってみた。

「乃木です。ご無沙汰しています。あの、免許取れたんで、約束通りに寺尾さんの車、運転させてください。ぶつけたらすいません」

 

寺尾さんの車で、私たちは海岸沿いの道路を西に走った。

まだ梅雨明け前だったけれど、よく晴れて、暑い日だった。寺尾さんの車は教習所の車に似ていて、母の軽自動車より運転しやすかった。

私が運転に夢中だった、というのもあるけれど、会話はあまりなかった。でも寺尾さんは前と変わらない感じで、機嫌良く、私の運転をほめてくれたり、バックで駐車するときにアドバイスをしてくれたりした。

寺泊まで行って海鮮丼を食べて、帰りは寺尾さんが運転をかわった。私はなんとなく、寺尾さんに祖母の話をした。痴呆が進んでも、ときどき思い出す昔の記憶はいつも鮮明で、生き生きとしていること。びっくりするほど、細かいところまで覚えていること。三十年以上前に死んだ人に、私は似ていると言われたこと。

「でも痴呆が進んだら、おばあちゃん、そのうち、みんな忘れちゃうのかなと思うとちょっとかなしいです。家族のことも、私のことも」

「記憶って不思議だよね。なくしたと思っても、時間が経ってふっと見つかる落とし物みたいでさ」

「うん」

「きみのおばあちゃんはさ、いま、いろんなことを失いながら生きているけど」

「うん」

「でもたぶん、何も失ってなんかいないんだよ」

「そうなんですか?」

寺尾さんは続けて言った。

「こないだはごめん。前の彼のことを忘れないと幸せになれないよ、って言ったんじゃないんだ。そうじゃなくて、彼のことを忘れないと前に進めないってきみがもし思い込んでいるとしたら、そうじゃない、って言いたかったんだ。忘れる必要なんてないんだよ。ていうか、忘れちゃダメなんだよ。一生、好きなままでいるべきなんだよ」

言い返す言葉が見つからなくて、私は顔を隠すように、窓の外を見た。西日のまぶしさに目を細める。寺尾さんが、私のことをまだ好きでいてくれているのがよくわかった。やさしい人だと思った。私だけじゃなく、私のなかにいるハルキにまで、たぶんそれは届いた。

私は、もう自分には恋人なんかできないかもしれないと思っていた。好きという気持ちが最大値のときに突然死んでしまったハルキと比較して、それにまさる男がこの先現れるとは到底思えなかったから。

ハルキが死んでから、何人かの男と寝た。でも、それはそれだけのことだった。好きになる気すらなかった。でも、比べなくていいのかもしれない。いつまでもハルキをいちばんにしていても、いいのかもしれない。寺尾さんみたいな人がそばにいてくれるならば。

そんなことをぼんやり考えていたら、私は眠りに落ちた。

 

気づくと、どこかの砂浜の駐車場に車はとまっていて、キーを差したまま寺尾さんはどこかにいなくなっていた。空は薄いピンク色に染まり、海の向こうにはまんまるの夕日が見えた。

車をおりて伸びをして、見渡すと、砂浜に落ちている古タイヤに腰掛けている寺尾さんの背中があった。

私は寺尾さんに近づいた。その一歩一歩が、なんだか貴重なものに思えて、できるだけゆっくり歩いた。こっちを振り向かないでほしいと思った。振り向く前に、そのそばにたどり着きたいと。

私は歩きながら、ふと東京の夕焼けを思い出した。ハルキのお姉さんからの電話がかかってきたのは、午後だった。私はその日の新幹線で栃木の彼の実家に向かった。喪服が必要だと気づいたのは、新幹線に乗ったあとだった。窓からはこれと同じ、真っ赤な夕日が見えた。

そしてはたと気づいた。あのときの何もかもが、いま、以前よりも遠くに離れている。いつのまにか私の身体は、いまを取り戻している。そして私は、現実を生きている人に、寺尾さんのそばに、こうして近づこうとしている。

寺尾さんのことが好きどうかはまだよくわからない。でも寺尾さんの言葉を借りれば、そんなことは、本当に、どうでもよかった。

風になぶられて髪が額に張りついた。それをふりほどきながら、私は、そろそろ髪型を変えようと思った。ハルキが戻ってこなくても生きていける気がした。

「新潟に帰ってきてよかったと思うのはさ」

寺尾さんの隣に腰を下ろすと、もうだいぶ前からここに私が座るのを待っていたみたいに彼は切り出した。

「やっぱ、空が広くて、夕日がすっげえ綺麗なんだよね」

「そうですね」

「乃木さんも思う?」

「私も思います」

私たちは日が暮れてもずっとそこに座っていた。空が暗くなっていくのを一緒に眺め、もの悲しい気持ちを分け合った。絶対に手の届かない場所にある星が、いくつも、いくつも、この目に見える。それはあの夏にハルキが見上げた美しいものと、きっと同じものだ。

「寺尾さん、夏の星座とか、詳しいですか?」

「いや全然」

「一緒におぼえませんか」

「うん。じゃあ帰りにTSUTAYAで星座の本とか買ってみよう」

「そうしましょう」

私たちは立ち上がり、服についた砂を払った。

遠くに、私たちの住む街のあかりが見えた。

 

 

After stage text :

 

私たちを乗せた車は 夜を走っていく

スピードメーターの光

ハンドルを握る彼の手 整髪料の匂い

カーステレオから流れる曲

 

もう何度目かの曲のフレーズに 私は私を重ねてみる

I need someone who needs me

But, I'll still love you the same

 

街のあかりが 少しずつ近づいてくる

何も変わらない 同じように愛している

異国の知らない歌手がいう

何も変わらない

何も変わらない

 

 

小説・藤田雅史 | 写真・TAKUMA | スタイリスト・ヤマザキケンユウ(HURRAH / HURRAH AND THINGS)